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南郊壇(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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3日目は6時起床しました。気温は昨日よりも少し暖かいくらいで、午前には曇っていましたが、午後、とくに夕方には晴れました。
この日はフエの観光の定番「帝廟めぐり」をしようと思ったので、朝食を食べた後、ホテルのフロントでツアーの有無ついて聞いてみると、日本円で4,000円ほどでボートで帝廟を巡るツアーがあるとのこと。
実際に何カ所巡るのか聞いてみると、4・5箇所にすぎず、近代ヴェトナム建築の傑作応陵(カイディン帝廟)には行かないとのこと。ならばタクシーをチャーターすると幾らかかるか聞いてみたところ、日本円で8,000円ということ。「倍か〜」(゚Д゚;)
結局、タクシーをチャーターすることにしました。
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南郊壇(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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さてタクシーをチャーターしたのですが、私の発音が悪いのか、運ちゃんが大雑把なのかはわかりませんが、行き先を告げると「オーケー、オーケー」といいながら、全く違うところに連れて行ってくれるのです。
最初の目的地は南郊壇(ナム・ダオ)です。ここは郊祀を行なう場所で、中国・韓国にも同様の施設がありました。ヴェトナムではハノイ、タインホア、フエにありました。
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南郊壇(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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次に行った場所が慈孝寺です。別に頼んでいなかったのですが、運ちゃんが勝手に連れてきてくれました。
とはいえ、鬱蒼とした林の中に突然現われる寺院は、荘厳な雰囲気があります。沖縄の亀甲墓みたいな墓もありました。
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慈孝寺の墓(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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頼んでもいない場所に連れて行かれると時間がもったいないので、次は謙陵(トゥドゥック帝廟)に行くとはっきり伝えると、タクシーは謙陵に向かいました。
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謙陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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謙陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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謙陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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次に思陵(ドゥカイン帝廟)に行くため、運ちゃんに「ドゥカイン」と行ってみると、「オーケー」といいながら、写真下の場所に連れてこられました。
「ここか〜」と思いながら登ってみると…、
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ボンカイ(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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写真下のように、軍事用のトーチカがありました。どうみても皇帝の陵墓にはみえません。
戻ってタクシーの運ちゃんに「違うよ」と行ってみると、そんなバカなといった顔をしていました。どうやら私の発音が悪かったらしく、「ボンカイ」なる要塞に連れてこられたようです。
といっても、私の他に白人の老夫婦が違うタクシーで来ていて、やはり変だな〜という顔をしていたので、「ドゥカイン」と「ボンカイ」は紛らわしい発音であるようです。
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ボンカイのトーチカ(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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ボンカイのトーチカ(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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とは言いつつも、ボンカイからみた香江は絶景でした。
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ボンカイからみた香江(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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ボンカイからみた香江(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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ボンカイから思陵(ドゥカイン帝廟)に行きました。修理中でしまっていましたが、周辺の農村風景はヴェトナムらしさがあります。
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思陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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思陵付近(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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思陵付近(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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タクシーに乗っている時、運ちゃんの身の上話となり、34歳で、4歳になる子どもがいること、カトリック信者であることを話していました。私は話が半分わかっていないので、適当に相づちを打っていたら、知らぬ間に写真のようなカトリック教会に連れてこられました。
どこだかわかりません。ちょっぴりお寺のようにみえます。案内板の写真を撮っておきましたので、興味がある人は行ってみて下さい。(←いるのか?)
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カトリック教会(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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カトリック教会の看板(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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次に応陵(カイディン帝廟)に行きました。ヴェトナムの伝統建築と、フランスのネオ・ゴシック建築が入り交じったコンクリート製の建造物です。
ヴェトナム風の構想、フランス風の建築様式を折衷し、なおかつモザイクはヨーロッパの陶器や、中国の染付磁器、日本製のビール瓶を用いるなど、多国籍な感じがします。
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応陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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応陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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応陵の階段の獅子(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)。眼は日本製のビール瓶。
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応陵天井の龍の絵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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応陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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応陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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次に孝陵(ミンマン帝廟)に行きました。ここは帝廟の中でも閑静で、作庭なども日本人の感性に近いものを感じました。
心安らぐ美しい陵墓です。
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孝陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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孝陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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孝陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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孝陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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孝陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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孝陵でみたニワトリ親子(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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孝陵(ミンマン帝廟)の次はザーロン帝廟(天授陵)に行く予定で、タクシーが南下していたのですが、途中バイクのおっちゃんがタクシーを追いかけてきて、タクシーの運ちゃんと口論していました。バイクのおっちゃんによると、この先の道路の先には香江があり、香江には橋がかかっておらず、ここを渡るには小舟しかないということでした。小舟にはバイクしか乗ることができないため、規定(そんなものが本当にあるかは知りませんが…)により車は通行できないということでした。ではバイクではいくらかかるかと聞いてみましたが、かなりの額を吹っ掛けられたので、あきらめて来た道を戻ることになりました。
次に昌陵(ティエウチ帝廟)に向かうべく、タクシーはミンマン通りを北上していたのですが、途中に嘉隆帝の父の陵墓である基聖陵が位置しているはずなので、運ちゃんに「コータイン」と言ってみたのですが、「わからない」といわれ、やむなくそのまま北上しました。途中、右側に看板があったのでみてみると、その基聖陵であることを示していたので、あわててタクシーを止めて見学しました。
実際には「コータイン」というよりは「ラン・クータン」と言った方が通じるかもしれません。
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基聖陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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基聖陵(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)。背後は香江。
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基聖陵背後の興業山(平成23年(2011)3月19日、管理人撮影)
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